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やまぐちのブログ

やまぐちはかく語りき。

月刊・モブ学 創刊号はなんとゼロ円!

ひとりごと。


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「人は誰もが、自分の物語の主人公なのだ。」

 

最近、この言葉について考えている。
気が付かなかったが、いつの間にか自分は主人公になっていたらしい。マジか。


主人公とは、小説や劇など物語の中心人物の事だ。ヒーローとも言う。


そう、中心人物だ。

生憎と、産まれてこの方自分が某かの中心だった覚えはない。

若しかしたら、他者から見た自分がそうであったことはあるかもしれないが、それはソイツの物語だ。自分のではない。

 

なるほど、たしかにこの視点は、カッコイイ言い方をすれば、「世界を認識するための視点だ。」となるかも知れない。


だが残念だったな。これは言うなればナレーター、語り手のようなものだ。

自分の見ているこの物語の誰が主人公であるにせよ、この目線がなければ、まず物語自体が成立しないのだ。誰が主人公なのかは、その後の議論だ。

 

戻す。

思うに自分は狂言回しのような役割を持っている。
ギャルゲーの友達ポジションでも可。○○さんの好感度はまずまずと言ったところだな、焦らずに!


そんな彼は、客観的に見て主人公にではないだろう。
主人公である誰ぞのために動き、誰ぞのためにある。


たまにネット小説とかで、そんな彼にスポットライトを当てた物を見かける。正直、全く当て外れと言える。

ヤツら、主人公の友達ポジションの癖に女子から恋愛感情抱かれたりとかするのだ。がっつり。
女子が、本当に好きな人に出会うための前座であってこその友ポジだ。お前ら失格。

花沢類の、道明寺の為の踏み台っぷりを見習え。劇場版では神父に化けるぞ。ま~きの。


まあ花沢類も相手いるのだけど。

 

戻す。


もしかして、モブがモブらしく誇りを持って生きていくためのハウツー本とか出したら売れないだろうか。『モブ学』みたいな。『モブとして生きる。』みたいな。


簡単なことだが、あまり欲張らない事。

自分の身の丈に合ったものを望む事。

あまり自分にも期待をしない事。


backnumberの「高嶺の花子さん」を聞いみて欲しい。
あれこれ言ってるけれど、最後には、「なるわけないか」と現実に戻っている。いい具合だ。


本当にハウツーモブ本が書けてしまうかも。1冊500円とかでコンビニに並べられたら嬉しい。