やまぐちのブログ

やまぐちはかく語りき。

ろくな死に方

 何も考えずに家族でココスに行ったら、アンチョビのクリアファイル貰えました。ウレシイ!

 

やまぐちです。

 

 

 先日バイト先で駄弁っていたら、こんな言葉が飛び出してきました。

 

「てめぇ、ろくな死に方しねぇぞ。」

 

別にヤの付く職業じゃないです。アットホームで明るい、やりがいのあるバイトです。ウソじゃないです。

 

 

そんなことより、この「ろくな死に方しねぇぞ」の死に方が気になりました。

 

 ろくな死に方っていうと、やっぱりシワシワの爺さんになって、寿命が来て、家族に囲まれながら安らかに、眠るように、みたいな感じだと思います。

 

その逆が気になりました。

ろくでもない死に方。ろくでも死に方って、一体どんなだろうか。

 

まず老衰は無いでしょう。

 

また碌な死に方しねぇのは日頃の行いによる所が大きいでしょうから、抗いようのない死に方は除いて良いでしょう。病死や事故死なんかは抗えないと思います。

 

原因が自己に起因するものでしょうね。

 

 

 

ーーーーここまで考えたところで寝落ちしたんで、何考えてたか忘れました。

 

スーパー下らないひとり言でしたー。

 

題名『運命の形』

 友達に借りてD.Gray-man読み始めました。

 

今は日本でチョメ助が爆発したあたり。神ノ道化とかめちゃくちゃかっけぇ。好き。

 

 

どうも、やまぐちです。

 


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 運命の形について。

 

こう書くとなんだかおかしなカルトにハマったように見える。違うから。

 

個人的には、運命はあると思っている。

そして自分の運命はどんな形をしてやってくるのか、最近ちょっと気になってるぞって話。

 

 

運命という言葉を使いたくなるのは、おおよそ人生のターニングポイントにあたる時だと思う。もしくは諦めるとき。

便利な言葉だ。フジファブリックも便利だって言ってた。

 

 

で、ターニングポイントっていうものにはなにかしらの、コレだ!って表現出来るものがある。

フォレスト・ガンプなら、軍隊と卓球あたり。

孫悟空ならドラゴンレーダーとか。

牧野つくしなら赤札と踏まれたエビフライ。

 

もちろんこれらは俺がたぶんそうだろうと思っているだけで、本人達からしたら違うかもしれないけど。恵比寿ガーデンプレイスのモニュメントとかあるかも。

 

 

そんで、自分の運命の形が気になる。

ぶっちゃけ俺の人生まだターンしてないし、そろそろこいやターニングポイントとか思ってる。

 

馬鹿で単純だから、誰かと付き合い始めたらその人との繋がりを運命の形だ!とか言い出すかもしれん。食パンが俺の運命の形!とか。無いか。

 

 

こんな感じの、個々の運命を写真に撮って集めたら面白いかも。って言うか自分が見たいだけ。

月刊・モブ学 創刊号はなんとゼロ円!


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「人は誰もが、自分の物語の主人公なのだ。」

 

最近、この言葉について考えている。
気が付かなかったが、いつの間にか自分は主人公になっていたらしい。マジか。


主人公とは、小説や劇など物語の中心人物の事だ。ヒーローとも言う。


そう、中心人物だ。

生憎と、産まれてこの方自分が某かの中心だった覚えはない。

若しかしたら、他者から見た自分がそうであったことはあるかもしれないが、それはソイツの物語だ。自分のではない。

 

なるほど、たしかにこの視点は、カッコイイ言い方をすれば、「世界を認識するための視点だ。」となるかも知れない。


だが残念だったな。これは言うなればナレーター、語り手のようなものだ。

自分の見ているこの物語の誰が主人公であるにせよ、この目線がなければ、まず物語自体が成立しないのだ。誰が主人公なのかは、その後の議論だ。

 

戻す。

思うに自分は狂言回しのような役割を持っている。
ギャルゲーの友達ポジションでも可。○○さんの好感度はまずまずと言ったところだな、焦らずに!


そんな彼は、客観的に見て主人公にではないだろう。
主人公である誰ぞのために動き、誰ぞのためにある。


たまにネット小説とかで、そんな彼にスポットライトを当てた物を見かける。正直、全く当て外れと言える。

ヤツら、主人公の友達ポジションの癖に女子から恋愛感情抱かれたりとかするのだ。がっつり。
女子が、本当に好きな人に出会うための前座であってこその友ポジだ。お前ら失格。

花沢類の、道明寺の為の踏み台っぷりを見習え。劇場版では神父に化けるぞ。ま~きの。


まあ花沢類も相手いるのだけど。

 

戻す。


もしかして、モブがモブらしく誇りを持って生きていくためのハウツー本とか出したら売れないだろうか。『モブ学』みたいな。『モブとして生きる。』みたいな。


簡単なことだが、あまり欲張らない事。

自分の身の丈に合ったものを望む事。

あまり自分にも期待をしない事。


backnumberの「高嶺の花子さん」を聞いみて欲しい。
あれこれ言ってるけれど、最後には、「なるわけないか」と現実に戻っている。いい具合だ。


本当にハウツーモブ本が書けてしまうかも。1冊500円とかでコンビニに並べられたら嬉しい。

嫉妬に駆られて。

雪が積もりました。寒いけど楽しい。

 

 

どうも、やまぐちです。

 

 

 

僕は、それなりに文字を読む方だが、何度読んでも胸が苦しくなる展開がある。

 

主人公の好きな人に、好きな人がいたり、恋人がいたりする、アレだ。

 

たしか、一番最初はハリー・ポッターとチョウ・チャンだった気がする。

 

読者の僕は、主人公がどれだけその子のことが好きなのかを知ってしまっているし、大体は主人公に感情移入している。

 

その状態で、その子がほかの男と一緒に過ごして、幸せそうにしているのを見ると辛い。

 

もう、ちゅーはしたんだろうか。まさかえっちまでしたのでは、なんて最悪なことが頭をぐるぐるしてしまう。読者なのに。当事者じゃないのに。

 

 

そして僕は、略奪愛、寝取りの展開が嫌いだ。

辛いとか苦しいとかじゃなくて、嫌いだ。

 

これが例えば、相手の男がすげぇ嫌な奴だとか、実はめちゃくちゃ悪い軟派野郎とかだったなら、イケイケ、取り返せ!なんて思えるけど。

 

そうじゃなくて、相手もめっちゃいい人で、2人とも幸せそうだってなったなら、そこに割り込んで欲しくはない。

つまり詰みだ。

 

創作物だと、だいたいこの後もっと魅力的な子が現れるとかだからいいのだけど、現実だと辛いよね。

 

 

 

と、おやすみプンプン読みながら思った。

2週目だけど。まだ中学生初期のプンプンだけど。

 

 

ファースト・インプレッションって技名っぽい。

 少し前からモヤモヤっと考えている事がある。

 

はじめまして、やまぐちです。

以後よしなに。

 

 

 

物事を上手に進める上で大切なのは準備だ。

 

 プレゼンをする時。

パワーポイントなり配布物なりをきちんと用意し、話すことも考え、色々な質問を想定して返しを考えておく。成功!

 旅行に行く時。

行き方を調べ、面白そうな所を探し、遊べるようにお金を貯める。成功!

 告白をする時。

ロマンチックなイルミネーションを調べ、好感度をこれまで積み立て、天気予報は雪。(告白の言葉は緊張でトぶ)。成功!

……わからんけど。好みじゃなかったらフられるかも。

 

 

どうだろう、何事も準備が大切な気がしてこないだろうか。いやする(反語)。

ゼクシィだって結婚準備とか推してるでしょ?読んだことないけど。

 

 

 

そんな事はどうでも良くて、スキニー履いてる女の子が最高にかわいい好きって話。

 

こんな事をいうと、スカート派からボコボコにされる。うるせぇ、スカートがめくれてパンツが見えるのを期待してるだけなんだろこの変態どもが。

 

デニール高めのタイツ履いてたら、スカートも好きです。タイツかわいいよね。

 

 

スキニーのいい所は、やっぱり脚の形がよく分かる所だと思う。

個人的に好きなのはそこそこ肉の乗ったの太ももと程よく筋肉のついたふくらはぎ、折れそうだなって思わない程度の足首。そしてこの全体の流れる様な曲線美だ。

 

特にふくらはぎにはこだわりたい。ここが太すぎるとちょっとゴリラ感が増すし、細すぎるとポッキーみたいで不安になる。あと触り心地が悪い。

ストンと筒みたいな形だと、これもやっぱり綺麗ではないなと思う。

ふくらはぎの形ひとつで、足全体の印象が決まってくると言っても過言ではない。

 

あと、個人的にちょっといいなって感じるのは、太ももと太もものあいだ。付け根のあたり。

男と違って余計なものが付いてないから、何故か凄く綺麗だなって思う。思わない?

 

なんだっけ、とにかく脚の形が良く分かるスキニーはいいぞって話だっけ。

みんなも、街でスキニー履いてる女の子を見かけたら、通報されない程度によく見てほしい。すごくいいから。

 

 

ホントは写真とともにどこがいいのか語りたいけど、集めたものは自分だけの宝にしたいからやめた。ごめんネ!

 

 

以上。